(右から) フード新規事業開発部 井村智治さん、辻奈緒子さん

人口減少、少子高齢化で商店や移動手段が減り、また時間や距離の制約から、買い物に困っている方が増えています。「百貨店に行きたいけれど、行けない」子育て中や高齢のお客さまなどに向けて今、デパ地下スイーツを最寄りの地域までお届けする阪急阪神百貨店の移動販売が好評です。2023年7月に本格スタートし、着実に出店先を拡大している「走るデパ地下 阪急のスイーツ移動販売」の担当者の声をお届けします。

(編集部)

            

二つの軸で事業化が決定。デパ地下が「走る」まで

阪急百貨店のフードカテゴリーでは2020年、若手社員が集まって新規事業を考えるプロジェクトが発足しました。ディスカッションを重ねる中で生まれたアイデアの一つが「移動販売事業」。数あるアイデアの中から選ばれたのは大きな“二つの軸”があったからでした。
事業化までの道のりや、本格スタートしてからの手応えなど、阪急阪神百貨店フード新規事業開発部の井村智治さんと辻奈緒子さんに話を聞きました。

2022年のテスト販売の様子。左端が井村さん

――井村さんはプロジェクトの発足から関わってこられました。事業化決定を後押しした“二つの軸”とはなんだったのですか?

 

井村さん:まず一つ目は、これまで百貨店が取り組んできた店頭販売やオンラインストア以外の「新たな市場の開拓」につながること。二つ目は、時間や距離の制約で百貨店でのお買い物が困難な方に楽しいお買い物機会を提供し「地域課題の解決」に貢献できることです。
また、百貨店の商品力を生かせることも大きな理由でした。

 

――事業化が決定してからの流れを教えてください


井村さん:2020年に事業化の方針が決まり、21年は1年間かけてテスト販売の準備を進めました。車両の購入、商品棚や販売オペレーションの設計など、0から1を作る作業は苦労の連続でした。これまでなかった事業ですので、社内の各部署との調整などにも時間が必要でしたが、たくさんの方に助けられながら、22年5月にテスト販売をスタートできました。

 

――テスト販売は順調でしたか?


井村さん:試作した車両は、車内スペースの活用に無駄があったり、レジが操作しづらい配置になっていたりと、販売してみて初めてわかる問題点も多く、改良が必要でした。
一方で、「足を悪くしてから百貨店へ行っていない」「ベビーカーを押しながらの買い物は疲れる」といった、お店に行きたくても行けないお客様からとても好評でした。定期的な移動販売を希望されるお声も多数いただけて、本格スタートに向けて勇気づけられました。

 

――販売車両も増やし、事業が本格スタートしました


辻さん:事業を本格化するにあたり、販売車両を3台から5台に増やしたのですが、その分販路を拡大していく必要がありました。
そこで、大々的な告知イベントを企画しました。北海道物産展などの人気催事を開催する阪急うめだ本店9階の祝祭広場を使った2日間のイベントです。実際の販売車両を展示し、テスト販売の様子をまとめたブースや、出店ご相談ブースを設け、アピールを図りました。

 

――反響はいかがでしたか?


辻さん:お店の中に販売車両があるインパクトのおかげで、「なんだろう?」と興味を持ってくださるお客さまがたくさんいらっしゃいました。また、ありがたいことに複数のメディアに取り上げていただき、出店希望のお問い合わせも想定以上に届きました。

 

祝祭広場でのイベントの様子

走り出したデパ地下

――本格スタートからおよそ8カ月。これまでの手応えはいかがですか?

 

井村さん:告知イベントの成功が追い風になって、かなり良い手応えを感じています。出店先も増え、現在およそ450カ所に出店しています。ただ、出店先の増加に対して、販売車両の効率的な運用ルートを整理しきれていないなど、問題も見えてきました。

 

――テスト販売時と比べて変化はありますか?

 

井村さん:当初は想定していなかった出店先のニーズが見つかり、お客さまの層が広がっています。病院や郊外などのお買い物が難しい場所だけではなく、福利厚生として利用したい企業や、ファミリーマンション、ホテルなどからの出店依頼も増えているんです。
「“できない”を解消する」ニーズだけでなく、「より便利に」や「楽しい催し」というニーズにも対応しています


辻さん:商品の事前予約販売を実験的に始めました。人気ブランドの商品や、冷蔵の商品などが対象です。予約することで期待度が増して、予約商品以外のついで買いにもつながっています。

 

――商品面での変化もありますか?

 

辻さん:店頭と同様に、定番商品だけでは品ぞろえの鮮度が保てないので、歳時記を意識した商品もご用意するようにしています。バレンタインデーには、他店ではなかなか買えないと話題の阪急うめだ本店の催事商品を販売しました。
商品だけでなく、車自体もバレンタイン仕様にラッピングして、お客さまに季節を感じていただけました

 

バレンタイン仕様の販売車両と辻さん

もっともっと「走る」デパ地下

――事業としての“伸びしろ”を教えてください

 

辻さん:バレンタインのように、人気催事と連動して百貨店の強みを生かしていきたいです。北海道物産展と連動した北海道限定のスイーツの販売ができたりしたら楽しいですよね。
販売促進の面でも、今はウェブサイトと阪急うめだ本店のインスタグラムアカウントで情報発信をしているのですが、エリアや施設ごとにもっとよい訴求方法はないか、研究していきます。

 

井村さん:今は依頼にお応えする形での出店が多いのですが、販売車両の効率的な運用のためにルートの整理を進めていきます。例えば、兵庫・尼崎市方面で夕方から出店があるなら、午前やお昼に同じ地域の別施設への出店を打診するなどを考えています。
そうした事業の磨き上げを続け、将来的にはフランチャイズ化、全国展開も視野に入れています。

 

――これまでの百貨店の販売スタイルから大きく変化した事業です。関わる中で、ご自身にも変化はありますか?

 

辻さん:祝祭広場で行ったイベントが大きなキッカケだと思うのですが、人を巻き込んで仕事をするようになりました。あれだけ大きなイベントは一人では絶対成功しませんでした。自分の考えをしっかりと相手に伝わるように説明し、自分自身の仕事に取り組む姿勢を見せて、一緒になって取り組んでもらう。そんな仕事ができた時の達成感はたまりません。


井村さん:「走るデパ地下 阪急のスイーツ移動販売」は、社内の仲間や社外のお取引先の方々、お客さまの力をお借りして育ってきた事業です。だからこそ私も、一人でできることの限界、人の力を借りることの大切さを日々感じています。そして当然なのですが、改めて商売はお客さまあってのものだと。お客さまからいただいたお声をもとにこれからも改善を重ね、良い方向に変化し続けていきます。