株式会社阪急阪神百貨店 CM室 吉原章智さん、黒見勇樹さん
百貨店は、ご来店いただくお客さまに心地よくお買い物を楽しんでいただけるよう、常に快適な温度を保っています。この快適な空間づくりを裏側から支えるのが、施設の改装や設備計画に携わるプロフェッショナルたちです。彼らが長年直面してきたのは、「快適な温度の追求」と、それに伴う「膨大な電力消費の削減」という、二律背反の課題でした。この大きな課題を解決するため、神戸大学が開発したAIスマート空調システムの事業化を、神戸大学と共同で本格的に取り組むことになりました。
小売業である私たちが、なぜ空調事業に乗り出したのか? そして、そのシステムはどれほどの効果をもたらすのか?2023年4月に設立された合弁会社「エイチ・ツー・オーKU カーボンニュートラルデザイン」の設立メンバーとして、グループの空調事業を牽引する、株式会社阪急阪神百貨店の吉原 章智さん、黒見 勇樹さんにお話を伺いました。
(編集部)
――そもそも、「AIスマート空調システム」とはどのようなものでしょうか?
吉原さん:通常、施設空調は、どのフロアでもどの時間帯でも、一律の風量や温度に設定して稼働しています。これだとフロアや時間帯によって、暑すぎたり寒すぎたりということが起こってしまう上に、消費電力にも無駄が生じます。一方AIスマート空調システムは、温度や湿度の変化、人流を計測するセンサーで収集したデータをもとに室温の変化を予測し、フロアや時間帯ごとに風量や送風温度を自動で調整します。そうして快適な室温環境を最小限のエネルギーで実現するものです。これを導入することによって、どのフロアに来店いただいても、快適な温度でお買い物をしていただける環境をご用意しています。
AIスマート空調システム 導入前と導入後のイメージ
――どういった経緯から空調事業に着手することになったのでしょうか?
吉原さん:もともと私たちは施設の改装や設備計画に携わっていて、阪神梅田本店の建て替えなどを担当していましたが、空調エネルギー効率の改善は常に重要なテーマで、長年電力の消費を抑える施策に頭を悩ませていました。
そのような問題を抱えていたところ、2021年の秋ごろに、神戸大学の特許技術である「AIスマート空調システム」に出会いました。阪急うめだ本店で実証実験をしたところ、空調に関わるエネルギー使用量がなんと50%も削減されるという、想定以上の効果が出ました。
黒見さん:この結果を受けて、阪急うめだ本店に同システムを本格的に導入することになりました。その実現のため、2023年3月にH2Oリテイリングと神戸大学が、カーボンニュートラル社会の実現とリカレント教育の社会実装の推進を目的にした「包括連携協定」を締結し、2023年4月には、神戸大学傘下で投資事業を行う株式会社神戸大学キャピタルとともに、「AIスマート空調システム」の事業化を目的にした新会社「H2OKUカーボンニュートラルデザイン」を設立しました。
当時はあっという間に話が進んでゆき、気づけば会社が出来上がっていた感じでしたね(笑)そこからは神戸大学をパートナーとしてAIスマート空調システムやその他のエネルギー削減手法の研究を共同で進めています。
現在の会社の主な業務としては、
①AIスマート空調システムを導入したい施設へのサポート事業
②システムを導入せず、スマート空調の理論を活用した空調の動かし方や調整によって空調エネルギーロスを削減するコンサルティング事業
の2つがあります。
――神戸大学とはどのような連携をされているのですか?
吉原さん:共同研究契約を結んでおり、常に新たな空調エネルギーの削減ロジックを模索、研究しています。大学の教授には会社の技術顧問にもなっていただいていて、外部企業への提案時に同席いただくこともあります。
わたしたちが2023年度から受けている神戸大学が提供する社会人向けのリスキリング(学び直し)プログラムの中で、講義を受講したり、AIスマート空調システム導入施設の経過を分析したり、月一回は取り組み結果や現状の課題などを共有する成果発表し合うワークショップも実施しています。アドバイスをもらいながら学んだことを自社施設に実装する。その効果の振り返りを大学で発表して研究に役立て、また新たな仮説を自社に持ち帰り実証実験するというサイクルを繰り返しております。
また、「AIスマート空調システム事業」の専門人材育成に特化したリスキリングを通じて、DXと脱炭素化という戦略分野の新規事業開発につなげていることが評価され、「日経リスキリングアワード2025」では審査委員特別賞をいただくことができました。
日経リスキリングアワード2025 授賞式にて
左から)神戸大学教授 長廣 剛さん、吉原さん、株式会社エイチ・ツー・オーKU カーボンニュートラルデザイン 代表取締役社長 山西 智さん、エイチ・ツー・オーリテイリング株式会社 常務執行役員 渡邉 学さん
――現在、AIスマート空調システムはどのように活用されていますか?
吉原さん:阪急・阪神百貨店の両本店に導入し、継続的に最適化に取り組んでいて、阪急うめだ本店で28%、阪神梅田本店で34%の空調エネルギー削減を達成しました。
グループ内でシステム未導入の店舗の中でも、既存設備の中で見直せる範囲で運用改善を助言して、使用するエネルギーの削減を進めています。洛北阪急スクエアの運用改善の実績があり、モザイクモール港北でも進行中です。
社外への営業活動にあたっては、関係者全員が小売以外の事業に取り組むのが初めてだったので、コンサルティング事業としての提案資料を作ることや、報酬を設定するところから一苦労でした。
――これもまた、H2Oリテイリンググループが目指す「コミュニケーションリテイラー」の姿のひとつですね。
黒見さん:そうですね。建物や空調の設計も分かるし、現地管理のノウハウもある。両方の気持ちを代弁できるからこそ、我々の提案内容に説得力が増すと思っています。我々にとっての顧客とは、百貨店そのものであり、百貨店を訪れるお客さまでもあります。使用するエネルギーを減らしたい。同時に、お客さまに快適にお買い物をしていただきたい。二つを両立させながら、顧客基点でお客さまのお買い物体験を快適にすることを目指していきます。
――最後に、これからの事業の抱負を教えてください。
吉原さん:現状、グループの事業に関連する施設に軸足を置いてシステム導入や運用改善のコンサルティングを進めてきましたが、今後はグループ外に出て、新しいお取組み先を拡げていきたいと考えています。エネルギーの削減課題を抱えている施設に寄り添い、課題解決に導くこと。これまで積み重ねてきた分析の手法や、空調コントロール方法の改善などのノウハウを駆使して脱炭素社会を実現し、人にとって、施設にとって、社会にとって大きな価値を創造していきます。


